ふたつのP

カメラ関係で今年を振り返ると仕事ではEOS-5Dsとα7R3のメイン機材に変わりはなく、レンズも変わりはなかった。現有機材での撮影はパフォーマンス的にも十分過ぎるほどでスチールもムービーもどちらもクオリティの高い仕事が出来た。来年も大きくは変わらないと思う。

ただし、プライベートのライカでは予想外の大きな動きがあった。それまで長年所有していたM9-P、ちょっと太めだが気に入っていたM-P、お洒落なチタングレーのQ、古いけれどモノクロが秀逸なX2、どれも惜しかったが全て処分してM10-PとQ-Pに入れ替わった。

年の初めはこれほど大きな変化があるとは予想もしていなかった。もともとライカは長く使えるカメラなので短期間にこれだけ所有カメラが変わることはあまりなかった。M10-Pはもし発売されたらぜひ手に入れたいと思ってはいたが早くても来年早々かと思っていた。また、まさかQのPバージョンがこのタイミングで出てくるとは夢にも思わなかった。だがやはりPのトレードマークの赤丸無しのエングレーブにはノックアウトされてしまった。

長い目で見ればこれでまた長く使えると思えばよいタイミングだったかもしれない。赤丸ライカが一台も無くなってしまったのは初めてのことだが、普段持ち歩くのに出来るだけ目立ちたくない志向が年々強くなっているのでふたつのPは良いセレクトとなった。今年も大過なくライカと付き合えたことはシアワセなことだ。来年も変わらず仕事にプライベートにカメラとの充実したお付き合いができることを願いたい。

RX100M6

RX100M6

試金石

最近、友人が現行レンズ前のNOCTILUXを使い始めた。NOCTILUXというとf1.0という人間の目に近い明るさを持つレンズとして有名。今更感はあるがやはりライカ使いとしては一度は体験したいレンズだ。気持ちはよく分かる。自分も昨年売却するまで10年ほど使用してきた。常時使用できるようなレンズではないが唯一無二のレンズであることは間違いない。だが扱いはなかなかにデリケートだ。

このレンズを手にしたらf1.0を使わなければ全く意味が無い。f4やf5.6などの写りが秀逸と語る御仁なども居るがそれでは意味が無い。ただ、そこがノクチの落とし穴、f1.0のボケばかり追うようになり、まともな写真にならなくなる。よほど狙いをしっかり持たないとノクチの罠にはまる。それでも使い手の高揚感は半端ない。ゆえに数多あるライカレンズの中でも魅惑的なレンズナンバーワンだ。それ故にみな憧れるのかもしれない。その友人はなかなかの使い手なので名作を期待したい。

ところで、自分が手放した理由はSUMMILUX-M 50mm f1.4 ASPH.Black Chromeの存在だ。同じ50mmで明るさはわずか0.4の違いだがその性格は全くの別物。新旧の違いはあるがSUMMILUXの方が圧倒的に使いやすく写りも優れている。初代デザインをモチーフにブラッククローム仕上げのスタイルもプラスアルファの魅力でこれ一本あればノクチは必要ないと思わせてくれた。ひと言で言えば「NOCTILUXはSUMMILUXがいかに優秀で稀有の存在かを再認識させられるレンズ」と言える。自分にとってNOCTILUXはSUMMILUXの為の試金石となったレンズだ。

ライカレンズは本当に奥深い。こういった経験を経てこないと個々のライカレンズのさらに奥の真価は見えてこない。しかもその道程は螺旋階段のごとく、オールド、モダン、オールド、モダンとグルグル回って深みにはまる。もちろん経験せずとも個々の魅力は十分享受できるがユーザーそれぞれが深度の違う魅力を感じられるのが「沼」と言われる由縁かもしれない。

LEICA M10-P / SUMMILUX-M 50mm f1.4 ASPH.

LEICA M10-P / SUMMILUX-M 50mm f1.4 ASPH.

YOHAKU

先日、本年最初で最後の忘年会のため神楽坂へ。ライカ繋がりのお仲間おふたりといつものように気兼ねない会話を楽しんだ。お仲間のひとりが先月渋谷ルデコで行った写真展の作品が飾られていると言う事で、2軒目に「余白」というバーに。

「余白」とは想像力をかきたてられるなかなか素敵な店名。そこに集まる方々は良き方々ばかりに見えた。お店のご主人と奥様のお人柄、本に囲まれた雰囲気とが相まって静かな語らいと距離感が心地よい時間を作る素敵なバーだった。

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Top two photos LEICA M10-P / Hektor 73mm f1.9 Lower two photos LEICA Q-P

Top two photos LEICA M10-P / Hektor 73mm f1.9
Lower two photos LEICA Q-P

M10-P雑感

M10-Pがリリースされて早4ヶ月。M10が爆発的に売れたせいかネットではM10-Pの所有率はそれほど高くない印象。ただ、私の周りの所有率はかなり高い。分かっているだけでも3名のオーナーが居る。おふたりはM10からの乗り換え、おひとりはたぶん?買い直したばかりのQを早々に売却してのM10-P。やはりM10-PはM10とは似て非なるものなのか。

ところでM10もしくはM10-Pのオーナーの中で現行あるいは一つ前のSUMMILUX-M 35mm f1.4 ASPH.の所有率が特に高いような気がする。自分は今は所有していないが以前は現行の一世代前のシルバーを所有していた。写りは全く文句はなかった。が、いかんせん大きく重い。シルバーだったせいか余計に重く感じた。ついつい球面のSUMMILUXを手にしてしまい、出番が無くなってサヨナラした。

いつかまた手にしたいと思う時もあるが現行も一世代前のものも簡単に買えないほどの高価なレンズになってしまった。ライカレンズの高騰ぶりは相当クレイジーな自分でも付き合いきれなくなっている。しかもM10-Pを使うようになってからは球面ズミとこのヘクトールの出番が多い。結局、オールドレンズばかり手にして現行のライカレンズの出番は少ない。新たに現行レンズを手にしても使わず仕舞いになりそう。そう考えると今所有のレンズで十分足りる。人間、足るを知ることこそが大切だ。随分と大人になった。

LEICA M10-P / Hektor 73mm f1.9

LEICA M10-P / Hektor 73mm f1.9

CAMERA HOLICS

所謂ライカ本の類は世に多く出ていて内容は似たり寄ったりの場合が多い。そう言いながら同じような内容のライカ本が自宅には山ほどある。ライカという響きには理屈向きに弱い。つい先日、Camera Holicsというライカ本が出た。「なぜライカなのか?ライカで撮る7人の理由」というタイトルに惹かれて購入した。

どうせ同じような内容なのでは?と思いつつ、昨日の日曜日、朝から一気に読んでしまった。7人のプロカメラマンたちがなぜライカで撮るのか?という理由を機材の紹介と共に語っている。その中で自分の琴線に触れた言葉を抜粋して書き残しておこう。共感を覚え、含蓄に富んだ言葉ばかりだったので。

ハービー山口氏曰く
「世界中の写真家がそれぞれの写真に込めた思いは、いつか平和を願う大きなメッセージのうねりとなって世界を導いていくのではないでしょうか。従ってカメラは世界で一番平和な道具の一つなのではないだろうかと、少なくとも私はそう信じています」

萩庭桂太氏曰く
「フォトグラファーとしての人生というよりも、ただただひとりの人間としての人生から見ている景色や光景。その光景をカメラで記録している感じが、とても気に入っている。ライカしか使わなくなってしまったのは、そのためだろう」

小林幹幸氏曰く
「ライカは人生を記録するカメラではないか。これが僕がライカに対する思いであり答えなのだ。仕事カメラは他人のための写真を撮る写真機、反対にライカは100%自分のための写真を撮る写真機なのだ。だからライカは面白いのだと思う。ライカこそ人生なのだ」

LEICA M10-P / SUMMILUX-M 35mm f1.4

LEICA M10-P / SUMMILUX-M 35mm f1.4