ヨシダナギ女史の撮影法

先日、クレイジージャーニーという番組で女性写真家のヨシダナギさんをゲストに彼女のアフリカ青の民族「トゥアレグ族」との交流と撮影が描かれていた。内容自体は以前にも彼女がアフリカのとある民族を訪ねて撮影をする内容と基本変わらなかったが、あるシーンで目が釘付けになった。

モデルになってくれる数人の男性に太陽を背に逆光で象徴的な位置に立ってもらい、それぞれポーズを付けていざ撮影になった。彼女の機材はニコンの一眼レフ(おそらく標準ズーム付きD810?)を三脚に据えてProfoto A1をオンカメラ用とオフカメラ用2台でライティングし、シャッターを切っていた。

出来上がりの写真を見て唸った。普段はストロボ否定派でどうしても人工的な光になってしまうことが嫌で、またそうならない為にはかなりの準備とそれなりの出費が必要で自分には縁のないことと考えていた。彼女の作品を見る前までは・・・その作品がコチラ。逆光の中、上手く光を回してポージングも完璧、彼らの凛々しい表情とバックの美しい風景と相まってどこか別の惑星?と思えるほど美しい作品になっていた。

不遜な言い方だが他人の作品に滅多に影響を受けることは無いのだが、自分でもこんな作品を撮ってみたい!と衝動に駆られてしまった。聞けば彼女は独学で写真を学び、技術的なことは自分はそれほど詳しい訳ではなく、ただ、こんな風に撮りたい!と思っているだけだそうだ。久しぶりに他人様の作品と撮影法で刺激を頂いた。

 LEICA X2

LEICA X2

感謝の意味

「CP+のステージに立つことが夢だった。ここが写真家としての最高のステージ。ここに居る全てのスタッフに感謝。」

才能豊かで素晴らしい風景写真を撮り、ブレイクする前から類稀な才能に注目していた写真家の言葉だ。違和感以外に無い。何のために風景を撮り、誰に伝えたいのか?そして何を残したいのか?今一度自分が写真を撮る意味を考え直したほうが良い。

メーカーや代理店のご都合主義で苦労して撮った作品を乱用され、PRに担ぎ出され、身勝手なコマーシャリズムに利用され、有名人になったかのような錯覚を持たされ、用が無くなれば使い捨てられ、忘れられていく。こんなこともその渦中に居ると気付かず、冒頭のような言葉を吐いてしまう。

CP+のステージに立つな、という意味ではない。節度を持って立ち、自分の目指すべきものを見失わずに発言してもらいたいものだ。言葉は言霊とも言う。驕りや勘違いは発する言葉から始まる。本来、感謝すべきは素晴らしい作品を撮らせて頂いている大自然とそこに立ち合わせて頂けた幸運ではないだろうか?そして何よりその作品を愛して下さった方たちではないだろうか?

 LEICA Q

LEICA Q

開放で捉えたイタリア

昨夜、高橋俊充氏の写真展に伺った。イタリアのスナップとクリエイターたちのポートレイト、そしてゼラチンシルバープリントによるモノクロ銀塩プリントと盛り沢山。さらに超絶クオリティの写真集「ITALIA SNAPS 2010-2017」。写真集はやはり予想以上の出来栄えで、装丁の考え方、細やかなデザイン、写真のクオリティ、これほどの写真集にはなかなかお目にかかれない。

高橋氏の撮るイタリアのスナップ。個人的に特に好きな作品は35mmや50mmレンズで被写体を中間距離で捉えた開放描写での作品群。近づき過ぎずに適度な距離感で捉えた被写体の周囲を包む前後のボケが生み出す空気感。ピントの合った被写体以外の描写の曖昧さが見る人にイタリアの空気を感じさせる。さらに北陸育ちの色彩感覚とも言える抑えた彩度と強めのコントラストが氏の独自の世界観を創り出している。

その世界観が見事に表現されているのが今回の写真集。期待以上の出来栄えで手に取る度に唸ってしまう。表紙と裏表紙にもその開放描写での作品が使われている。例えれば高名な美術館での貴重な作品カタログ並みの出来。一般の出版社が作る並みの写真集ではこれほどのクオリティは体験できない。それにも増してこの写真展と写真集に関わるほぼ全ての費用が自前ということ。

真のクリエイターは本来自分の目指すべき世界を実現する為にはスポンサーやパトロンなどに気を遣わず、思い通りに創ることが理想であり、それが結果的には良いモノを生み出すことに繋がると思う。サポートされることが当然と考える昨今の一部のプロたちにも少しは見習って欲しいものだ。ちなみにこの写真集、二冊購入して一冊は写真集として、一冊は一枚一枚を額に飾る写真としても成り立つほど印刷クオリティが高い。おそらく氏はそんな使われ方には同意されないと思うが・・・

 LEICA Q

LEICA Q

「SNAPS ITALIA TOSHIMITSU TAKAHASHI 2010-2017」

以前から感じていたことだが優れたグラフィックデザイナーによる写真には一種独特のセンスがある。二次元の世界で構図や色彩を表現することに長けているグラフィックデザイナーにとって結果として二次元の世界に納める「写真」は慣れ親しんだ世界に近いのだろう。もともとフォトグラフの語源はギリシャ語で「光で描く」ということ。さもありなんだ。

2006年、拙ブログでLEICA D-LUX2というコンパクトカメラがご縁で知り合ったグラフィックデザイナーの高橋俊充氏。北陸・金沢ではすでに名が知れていてもともとカメラ好きということで素晴らしい写真を撮られていた。ブログのコメントで親交を持ち、その後、金沢と東京で直接お会いする機会が何度かあって東京に来る機会があると時間が合えばお会いする友人だ。

お会いした当初からグラフィックデザイナーのセンス、生まれ育った北陸の色彩、もともとイタリア好きの洒落っ気で素敵な写真を撮られていた。金沢での最初の写真展をきっかけに東京で写真展を開き、さらにそれがきっかけでフジのXフォトグラファーとなって今やXシリーズのファンや写真好きのグラフィックデザイナーの世界では知らない人が居ないほど有名になった。

その氏の写真展「SNAPS ITALIA TOSHIMITSU TAKAHASHI 2010-2017」が今日20日から24日まで開催される。イタリアのスナップも相変わらずのクオリティが想像されるが今回注目しているのがこの写真展の為の撮りおろしのクリエイターたちのポートレイト作品だ。撮影の苦労話もお聞きしているのでどのような世界が広がっているのか興味津々だ。開催期間が短いのが残念だが一見の価値があると確信している。

それから同時に発売される写真集。氏の写真集の大ファンを自認している自分としては本音を言うとこれが一番楽しみ。もともとグラフィックデザイナーが撮った写真を撮った本人が自らディレクションして創られる写真集は掟破りのクオリティになるのは当然で、一般の写真家にはなかなか真似出来ることではない。今回の写真集は氏の写真集の大ファンになった「Sicilia snaps 2013」のクオリティを超えると聞いているので完売間違いなしだろう。手にするのが楽しみだ。

 LEICA Q

LEICA Q