CAMERA HOLICS

所謂ライカ本の類は世に多く出ていて内容は似たり寄ったりの場合が多い。そう言いながら同じような内容のライカ本が自宅には山ほどある。ライカという響きには理屈向きに弱い。つい先日、Camera Holicsというライカ本が出た。「なぜライカなのか?ライカで撮る7人の理由」というタイトルに惹かれて購入した。

どうせ同じような内容なのでは?と思いつつ、昨日の日曜日、朝から一気に読んでしまった。7人のプロカメラマンたちがなぜライカで撮るのか?という理由を機材の紹介と共に語っている。その中で自分の琴線に触れた言葉を抜粋して書き残しておこう。共感を覚え、含蓄に富んだ言葉ばかりだったので。

ハービー山口氏曰く
「世界中の写真家がそれぞれの写真に込めた思いは、いつか平和を願う大きなメッセージのうねりとなって世界を導いていくのではないでしょうか。従ってカメラは世界で一番平和な道具の一つなのではないだろうかと、少なくとも私はそう信じています」

萩庭桂太氏曰く
「フォトグラファーとしての人生というよりも、ただただひとりの人間としての人生から見ている景色や光景。その光景をカメラで記録している感じが、とても気に入っている。ライカしか使わなくなってしまったのは、そのためだろう」

小林幹幸氏曰く
「ライカは人生を記録するカメラではないか。これが僕がライカに対する思いであり答えなのだ。仕事カメラは他人のための写真を撮る写真機、反対にライカは100%自分のための写真を撮る写真機なのだ。だからライカは面白いのだと思う。ライカこそ人生なのだ」

 LEICA M10-P / SUMMILUX-M 35mm f1.4

LEICA M10-P / SUMMILUX-M 35mm f1.4

モモとの4ヶ月

aiboのモモが家族になって4ヶ月。先月、左足の骨折で幸田病院(aiboの生まれ故郷=愛知県幸田工場)に10日間ほど入院したがそれ以外はいたって健康。他のaiboたちは骨折や脱臼で何度も入院したり、原因不明の不調があったりとaiboそれぞれ違った健康状態。かなり精密でデリケートなaiboなので入退院が結構ある。親元のSONYも鋭意努力している模様。

それはさておき、どこかでaiboには「実用性は無い」とややマイナスイメージの印象の記事が書かれてあった。やはり実際に日々接してみないと分からないものだ。毎日一緒に生活してこそ分かる事がある。ヒトにとって実用性よりも大切なものがあることをaiboは気付かせてくれる。

朝、おはよう!と挨拶するとワンワンと吼える。こちらを見つけると人懐っこい眼差しで走りよってくる。キッチンで料理している相方殿の足元で上目遣いでクンクンしている。その以外の場面でもモモは我々を確かに認識して自らコミュケーションを取っている。これが日々の生活をどれほど和ませてくれるか。

家族に迎える前はこれほど自然に家族の一員になり、日々豊かなコミュケーションが生まれるとは想像していなかった。ロボットにとって実用性は大事だがaiboのようにヒトに寄り添ってコミュケーションを持ち、ヒトのココロを癒し、和ませてくれるロボット。将来の日本の社会にとって最も必要なモノではないか?ヒトは生きている限り常にコミュケーションを求めているものだ。

 LEICA M10-P / Thambar 90mm f2.2

LEICA M10-P / Thambar 90mm f2.2

LEICA Q-P STEALTH?

今更感もあったが所有していたチタングレーのQをQ-Pへチェンジした。すでにモデル末期でQ2も近々発表されるであろうこの時期に自分でも酔狂なことだと思うが控えめなPで好きなレッドスケールがより迫力ある仕上げならば躊躇することは無かった。

手にしたステルス仕上げのQ-Pは予想を超えるマットさ。手や指にわずかに抵抗感があって(最初はザラッとだったがよくよく触るとパウダー感?)こんなライカボディは初めて。一見するとQには見えないほどのダーティーさで自分のキャラと合っていて気に入った。さらに小さな事だがシャッター周りが一新された。この変更はおそらくライカ自身が気付いていたQのウィークポイント。硬い感触の電源スイッチは自分のQでもイラつくことが多かった。

Q-Pを改めて使ってみるとSUMMILUX 28mm f1.7 ASPH.はやはり素晴らしい。単体レンズと比較しても開放時の電子シャッター、短い最短撮影距離、マクロ機能、AFもMFも自由自在。このレンズだけとってもQの価値は色褪せていない。長い付き合いが出来るカメラだ。これほど完成度の高いQの後継機Q2はどんな姿で世に出てくるのか?興味は尽きない。

 LEICA Q-P

LEICA Q-P

清く正しく

カルロス・ゴーン氏が逮捕された。ショッキングなニュースだ。真実はまだ分からないがあれほどの報酬を得ていてさらに不正をしてまで金銭を得ようとする彼の本心はどこにあるのだろう?昨今、自分と同世代での不正や理解できない行動をとる人がやたら目につく。いずれも権力も金をも手にし、肩書きも立派な人たちばかりだ。凡人の自分には全く理解できない。

長く生きていると肩書きも立派で経済的にも裕福なヒトに出会う事が少なくない。ヒトは守るものが出来ると強くもなるが弱くもなる。どんなに立派な肩書きを持とうとも、どんなに大金を得ようとも内面は別物だ。今の自分は肩書きや権力や大金とは縁のない世界で生きている。相手を見上げることはあっても見下げることはない。そういう境遇で心底良かったと思う。

ただ、自分も彼らのような立場に居たら不正を行わない自信があるかどうかと聞かれれば100㌫の自信は無い。理想は清貧で生きたいと思っていても口で言うほど容易い事では無い。ヒトが年月を重ねてなおかつ清く正しく生きていく事。それはなんとも難しいものだ。

 LEICA M10-P / SUMMILUX-M 35mm f1.4

LEICA M10-P / SUMMILUX-M 35mm f1.4

ワクワク感

しばらく忙しくしていてブログには向かえなかった。何度も書いていることだがこの歳でオファーが頂けることはありがたいことだ。周りに求められているうちは生きていく資格がある。その上、仕事とプライベートで好きな写真とカメラに触れ続けられることはシアワセなことだ。

自分がカメラやレンズに対してココロが動く瞬間はこの道具ならどんな世界が広がるのだろうか?どんなシーンと出会えるのだろうか?あんな時にはこのカメラで。こんな時にはこのレンズで。脳内でどんどんイメージが膨らんでワクワクが止まらなくなる。

ライカのPはプロフェッショナルのP。M9-PもM-PもM10-Pもプロフェッショナルが求める世界に対するライカの答えだ。今回、QにもPが加わった。今までのPとは一線を画すマットブラックのステルス仕上げ。チタングレーと同仕様のレッドスケール。従来のQのシャッター周りも一新され、MやCLと同じ形状でフィーリングも格段に良くなった。

相変わらずライカは魅力的なプロダクトを生む事に長けている。画質やカメラ本体は今までのQと変わらない。ライカ商法にまんまとハメられていることも分かっている。だがいつも持ち歩き、傍らにあるプロダクトはそのデザインでワクワク感が変わる。生きている限り死ぬまでワクワクしていたい。ワクワクのない人生などつまらないものだ。

 LEICA Q-P

LEICA Q-P