小江戸川越花火大会

昨夜は地元川後では有名で毎回10万人近くが来場する小江戸川越花火大会が開催された。川越市内で隔年で場所を変えて開催されていて今年は運良く最寄の伊佐沼公園での開催。普段、相方殿が自治会のお仕事を一生懸命励んでいるお陰で今回は初のご招待席での観覧。暑さは残っていたが比較的過ごしやすい天候で川越に移り住んで初めて本格的に花火を堪能した。

花火の撮影は門外漢だったが今回は席も良さそうだったのでRX100M6でトライ。会場では三脚に据えた本格的な一眼レフやミラーレスなどが多かったが、小さいながらRX100M6はさすがのパフォーマンス。姿は普通のコンパクトカメラだがバルブも含めてフルマニュアルでの撮影が可能。ミニ三脚を持参して仕事とは違った気楽な撮影をエンジョイできた。

撮影をしてみて花火の撮影はやはり経験値が大切と痛感。撮影自体はバルブ撮影で端的に言ってしまえばほとんど勘。どんな花火がどんな方向にどんな高さで上がるかはこれも経験値次第。適正露出も花火自体の明るさによってマチマチ。ゆえに初の花火撮影は数枚でも良いカットが撮れれば良しとした。仕事ではこうはいかないが花火自体はとてもアーティスティックな被写体で実に面白い。またチャレンジしたいものだ。

RX100M6

RX100M6

久しぶりの北の地

今週前半は久しぶりに札幌でのお仕事だった。白い恋人というお菓子はよく知られているが今や日本国内はもちろんアジアでも有名なお菓子で新千歳空港でもあちこちの売店でかなりの数が売られている。まさに北海道をそして日本を代表する銘菓。

その白い恋人を生んだ石屋製菓の札幌工場は白い恋人パークと呼ばれ、中世の雰囲気を持った館やガーデニングの世界が広がるさながらテーマパークの世界。パートナーとしてスポンサードしているコンサドーレ札幌の練習場も隣接して地元では有名なスポット。

その白い恋人パークがリニューアルされて本日7月12日にオープンした。ストーリー仕立ての新たな見学コースが充実し、その他の付随施設も一新した。今回の札幌でのお仕事はそのリニューアルした白い恋人パークの撮影。

施設は内容も濃くボリュームがあって撮影量も多く、久しぶりに長時間の撮影となったが、もともとテーマパークが好きで日本で一番数多くテーマパークを撮影してきたカメラマンと自負?している自分にとっては仕事ということを忘れて実に楽しい時間になった。

北海道の仕事ではもうひとつ小さな楽しみがある。往復の飛行機旅だ。羽田を飛び立って北へ向かう途中、雲海を超えるとそこはかつてパイロットを目指した自分にとっては憧れの世界。なぜか北行きが好きで窓の外に広がる刻々と変化する光景を夢中で望め続けている。そういうひと時が毎回楽しみ。

今回、仕事用機材が大量にあった為にサブのカメラはRX100M6のみ。相変わらずのスーパーサブっぷりには感心させられた。機内からの光景や現場での咄嗟のカットなどサラッと撮れてしまうがクオリティはプロの機材並み、最高最強のコンパクトカメラだ。

RX100M6

RX100M6

ふたつのP

カメラ関係で今年を振り返ると仕事ではEOS-5Dsとα7R3のメイン機材に変わりはなく、レンズも変わりはなかった。現有機材での撮影はパフォーマンス的にも十分過ぎるほどでスチールもムービーもどちらもクオリティの高い仕事が出来た。来年も大きくは変わらないと思う。

ただし、プライベートのライカでは予想外の大きな動きがあった。それまで長年所有していたM9-P、ちょっと太めだが気に入っていたM-P、お洒落なチタングレーのQ、古いけれどモノクロが秀逸なX2、どれも惜しかったが全て処分してM10-PとQ-Pに入れ替わった。

年の初めはこれほど大きな変化があるとは予想もしていなかった。もともとライカは長く使えるカメラなので短期間にこれだけ所有カメラが変わることはあまりなかった。M10-Pはもし発売されたらぜひ手に入れたいと思ってはいたが早くても来年早々かと思っていた。また、まさかQのPバージョンがこのタイミングで出てくるとは夢にも思わなかった。だがやはりPのトレードマークの赤丸無しのエングレーブにはノックアウトされてしまった。

長い目で見ればこれでまた長く使えると思えばよいタイミングだったかもしれない。赤丸ライカが一台も無くなってしまったのは初めてのことだが、普段持ち歩くのに出来るだけ目立ちたくない志向が年々強くなっているのでふたつのPは良いセレクトとなった。今年も大過なくライカと付き合えたことはシアワセなことだ。来年も変わらず仕事にプライベートにカメラとの充実したお付き合いができることを願いたい。

RX100M6

RX100M6

RX100M6のこと

前のエントリーで久しぶりに続けてライカのことを熱く語りすぎて自分でもいささか引き気味だが、このブログではその時々の思いも迷わず残そうと考えていたのでまあ良しとしよう。あくまで個人の記録として残しているページ。老化防止の為にも書くこと=論理思考を後退させない為だ。

ところで、そのライカの機材を撮影したRX100M6のことだが・・・超コンパクトなスタイルでここまで写るか?!と思うほど良く写る。しかも使い勝手は今まで使ってきたこの手のコンパクトカメラに比べて群を抜いて完成度が高く、自分の印象としては今後、余程のカメラが出てこない限りこのRX100M6を超えるカメラは生まれないだろうと思えるほどのカメラだ。

SONYのRX100シリーズは今までM4とM5を使用してきたが実に使い勝手が良く、ロケハンや出張のお供、家族の記録写真、ちょっとした小物撮影などフットワークも軽く、かなり重宝している。今回のM6で新たに24-200mm f2.8-4.5の高倍率ズーム、ワンプッシュでスタンバイOKのポップアップEVF、タッチパネル液晶などが加わり、完成の域に達した感がある。SONYはコンパクトなボディによくここまでの機能を詰め込めるものだ。このサイズでテレ200mm+ファインダーを覗くスタイルでごく自然に撮影できる。フィルム一眼レフ世代としては隔世の感だ。

昔からカメラ自体の細かいスペックはさほど気にしない方だがとにかく使っていて心地よく、こちらの思うように操作が出来て、画質が良ければそれだけで文句は無いのだが、動画も含めて仕事メインのα7シリーズのサブになり、プライベートではライカとはフィールドが違う写真が撮れる。今のところこれ以上のコンパクトカメラは存在しない。

このカットは新幹線小倉駅で出張の折、待つホームで咄嗟に撮ったカット。周りの人たちには両手で隠れてしまうほどの小さなカメラを覗き込んで何をしている?というように見えているはずである。200mm・ポップアップEVF・連続撮影でAFも見事に食い付いている。いやはやである。

RX100M6

RX100M6

ライカ仙人 モダンレンズ編

自分の感覚としてライカレンズと言えば数年前まではライカオールドレンズと同義語だった。かなり長い間、現代のレンズには全く興味が持てなかった。我々の世代ではライカと言えばフィルム時代のM型ライカを意味する。同時に歴代のM型ライカのそれぞれの世代に生まれたレンズたちが膨大にある。それらはM型ライカを愛し、傑作を残した写真家たちと共に多くの伝説を作ってきた。

フィルム時代からのライカ愛好家は長い歴史の中の様々な伝説に憧れてその作品を撮ったクセのあるレンズたちを手にしたいと強く思うようになる。それに比べ、最新のレンズは写りはとても秀逸だがクセが無く、味も無い。伝説と呼べるものもまだ無い。ゆえに自分も最新のモダンレンズたちには食指が動かなかった。

だが、デジタル時代に生きるライカ愛好家として今のライカの存続も含めて現代の最新のライカレンズを使わずに愛好家と言えるのか?最新のモダンレンズを使って微力ながらライカを応援しようと考えを改めた。ちょうど3年前、タイミング良くこのSummilux 50mm f1.4 ASPH.とSummicron 35mm f2.0 ASPH.が限定のブラッククロームで発売された。50mmは初代Summiluxのデザインの復刻と謳っているが中身は現代のレンズ。35mmも当時は最新のASPH.レンズ。

この2本の写りは改めて語る必要がないほど秀逸で被写体と光の状況によっては唸る時がある。この2本にプラスして3本目としてSuper-Elmar 21mm f3.4 ASPH.を加えた。理由は21mmが昔から好きだったことと銘玉Super-Anglon 21mm f3.4へのオマージュだ。これも現代の21mmらしく文句のつけようが無い写りをする。ボディは専らM-P(Type240)だ。現代のレンズにはM-Pが合っている。もし、M10-Pが出ればこれに代わる可能性はあるが・・・

オールドレンズとモダンレンズ。合わせて6本で自ら仙人と呼ぶのは一般人には通じないだろうがレンズ沼に落ちた住人ならばご理解頂けると思う。世に数多あるライカレンズの中でたった?6本で満足できるということはライカの世界ではまさに仙人かと。まあ年寄りの戯言だが自らの戒めの意味もある。それほどライカの沼は自分を見失う。ここ数年はこの6本で十分満足していることは我ながら信じ難いことだ。

RX100M6

RX100M6