APPLE WATCH 4

Apple Watchはシリーズ1からの大ファンで1から3まで全シリーズ愛用してきた。3世代使用していく中でフリーランスにとって仕事やプライベートでは欠かせないアイテムとなった。暗所での正確な時間や電話やメールの着信、天候の把握はもとより健康面の管理の為、24時間常時装着している。

フリーランスにとっては特に健康面のメリットが高い。安静時の心拍数、毎日の歩数やカロリー、ワークアウト時の歩行距離や消費エネルギー、平均ペースなど。就寝時は就寝時間、心拍数、眠りの質などApple Watch+iPhoneで毎日の健康状態を管理している。ただ、24時間常時使用となると1台では充電時間の関係で管理できないので歴代のApple Watchは処分せずに1から3まで3台のApple Watchを交替で使用してきた。

今回のシリーズ4は本体と液晶画面が大きくなり、厚みが薄くなった。処理速度も速くなってほぼフルモデルチェンジとなり、より医療的な観点でもバージョンアップされ、いよいよ新しい時代のウェアラブルデバイスとして完成度が増してきた。そのシリーズ4だが発売と同時にステンレスのセルラータイプを購入したが1~3シリーズとは比べようが無いほどの画面の進化と見易さ、処理速度の速さゆえ、同時使用は早々に諦めることにした。

そこでApple Give Backを利用して1~3を全てリサイクルに回してそれで得たギフトカードを併用して同じシリーズ4のアルミタイプを2台目として購入した。自分でもかなりのApple Watch依存症だと思うがこれ無しでは生活が出来ないほどになった。Apple CEOのティム・クックは「私がこの腕時計に熱心に取り組むのはそれが人々の生活のクオリティと実際に生きる能力に重大な違いをもたらすからだよ」 と語っている。

 LEICA Q

LEICA Q

変容する街

昨日、久しぶりに以前勤めていた会社を訪れた。何ヶ月ぶりかの豊洲。いつも品川方面から湾岸線経由で豊洲出口を利用しているのだが、しばらく来なかったうちにオリンピックの為の施設建設が進み、この近辺の街の姿が変容しつつある。出口付近の豊洲市場も稼動が決まり、今後、どのような姿になるのか?楽しみでもあり、この先はまともに近づけなくなるのでは?と一抹の不安もある。

21mmは現代では広角の標準レンズになったと思う。その昔、21mmは超広角としてのシンボル的な存在で多くの名作を残してきた。今や12mmや15mm、最広角は10mmなどというレンズが普通に使える。このくらいになると最早普通の被写体には映らない。デフォルメされた描写はそれはそれで表現方法としては分かるが目の前のシーンを見たままに近い画角で丸ごと納めると言う意味では21mmが一番適していると思う。

現代の広角レンズは選択肢が増えた分、使い手にはハードルが高くなっている。10mmや12mmなどはお気軽に使いこなせる画角ではない。と書くといかにもお年寄りの御託。今は好きな画角で細かいことを気にせずどんどん撮る時代なのかもしれない。

 LEICA M10-P / SUPER-ELMAR-M 21mm f3.4 ASPH.

LEICA M10-P / SUPER-ELMAR-M 21mm f3.4 ASPH.

軽井沢万平ホテル

今週の25日は自分の62回目の誕生日だった。相方殿が毎年、趣向を凝らしてくれているがモノとしてのプレゼントはもうお互い卒業ということで、今年は軽井沢の万平ホテルでランチということに。実は自宅の川越から軽井沢は意外と近く、関越を使って2時間弱の距離。常に渋滞の心配がある都内へ出かけるよりも時間的にも精神的にも近い場所だ。

万平ホテルは長い歴史を持つクラシックホテルとして軽井沢では有名なホテル。今回はランチコースではなく、お好みのアラカルトとオリジナルのカスタードプリンを堪能した。歴史が刻まれた内装は懐かしく感じられ、庭園を眺む窓際のテーブル席は居心地がとても良く、静かで充実した時間を持つことが出来た。都内のレストランも悪くないが喧騒とはかけ離れた場所での食事もまた良いものだ。

この日は生憎の雨模様だったが雨に濡れた軽井沢の樹々の緑が輝いていて美しく、レストランのガラス屋根を優しく打つ雨音もBGMのようで心地良く聞こえた。毎年、お互い歳を重ねてこうした時間を持てること。相方殿には感謝しかない。

 LEICA M10-P / SUMMILUX-M 50mm f1.4 ASPH.

LEICA M10-P / SUMMILUX-M 50mm f1.4 ASPH.

平和の礎

先週の10・11日、仕事で沖縄を訪れた。25年ぶりの沖縄だ。当時はまだ会社勤めで太平洋戦争に関する資料館のコンペの為、ここの資料館や周辺地域の視察が目的だった。当時は今ほど整備されておらず、荒地の中に古い資料館がポツンと建っていただけだった。

資料館は生々しい展示品や漂う空気感に何か重いものを感じ、そこに長く居ることが少々辛くなるような場所だった。最寄のひめゆりの塔と隣接する資料館を訪れ、ただそれだけで帰京した。ゆえに沖縄の記憶はこの摩文仁の記憶だけだった。今回は沖縄市や名護市も訪れ、いわゆる沖縄らしい空気を初めて感じたわけだが、ただ、ここだけはもう一度訪れたかった理由があった。

それは「平和の礎」。資料館のコンペが終わった後、この地に新たに沖縄戦で亡くなった方々で人種や国の境なくすべての人々の鎮魂の為の施設が計画され、その為のコンペが発表された。この考え方に感銘を受け、個人的にそのコンペに参加した。結果は残念ながら落選だった。その後、事ある毎に気になる施設だったがなかなか訪れる機会がなかった。

今ではどれほどの人が知っているかは分からないが摩文仁の丘が沖縄戦の中でも特に悲惨な歴史を持ち、多くの犠牲者を出した。そのほとんどが民間人で中でも女性たちは沖縄最南端のこの地に追い詰められて崖から身を投げて亡くなった方々が数知れなかった。映像も残っているので見た方も少なくないと思う。

25年ぶりのこの地は今は穏やかな空気が流れ、訪れる人々も癒されるような場所になった。あのような悲惨な過去があったことは想像すらできない。この地で無念にも亡くなった方々の魂が清められ、今は穏やかにされているならば何か肩の荷が降りた感じだ。

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 LEICA M10-P / SUMMILUX-M 50mm f1.4 ASPH.

LEICA M10-P / SUMMILUX-M 50mm f1.4 ASPH.

同期会

今日は以前勤めていた会社の同期会の為、GINZA SIXへ。還暦前後のメンバーの同期会はお決まりの健康問題、家庭問題、介護問題などで盛り上がった。それぞれこの歳まで生きてくると入社した当時の面影は残しつつも取り巻く環境の違いで少々お疲れ気味だったり、その逆だったりと悲喜こもごも。しかし、こうして再会できたことは良きことだ。

今日の銀座は歩行者天国で天気も良かったせいか多くの人が銀座通りに繰り出していた。久しぶりに見たホコテンは様々な人種の様々な休日の過ごし方がレイヤーのように見えていた。レンズを通してそれぞれの人生の瞬間が浮かび上がり、彼らの人生の一瞬を垣間見ているような錯覚に陥った。写真ならではの世界でレンズマジックなのは分かっているがやはり写真は面白い。

 LEICA M10-P / SUMMILUX-M 50mm f1.4 ASPH.

LEICA M10-P / SUMMILUX-M 50mm f1.4 ASPH.