雪のトーベ・ヤンソン

トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園。
日本とは思えない幻想的な場所で四季を通じて動画を撮り続けている。

この公園は春夏秋冬で全く異なる姿を見せてくれる稀有な場所。ゆえに何度も通っているが全く飽きることがない。約3年間撮り続けていて雪のシーンは今日が初めて。雪国の人から見れば?だろうが、関東ではなかなか難しいことなのだ。雪の撮影は降る量や時間帯、こちらのタイミングなど様々なことが相まって今までチャンスが無かった。

今日の関東地方は昨夜からの大雪警報の予報通り、朝の9時過ぎから降り出し、雪の状態も時間帯もタイミングも絶好のチャンスで今日しかないと公園に向かった。静かに雪が降るトーベ・ヤンソンは静寂で真っ白な美しい光景が待っていた。寒さも感じず、約3時間、夢中で撮影した。

悔やまれるのはハッセルを持って行かなかったこと。雪が降る中、ボディがR3、R6の2台、レンズは大三元ズーム3本と85mm、それらで交互に動画と写真の撮影。前日のシミュレーションの結果、雪の中では三脚の使用が厳しいことが予想されたので防塵防滴とは無縁なハッセルは見送った。

だが写真はハッセルで記録したいと考えていたので今回のような絶好のタイミングを逃してしまい、無理な事とは分かっていても返す返すも残念。来年も今回のようなグッドタイミングな雪が降る保証はないが改めて再チャレンジとなってしまった。

EOS R3 / RF85mm F1.2L USM DS

原点回帰

「トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園」のことは何度か書いた。この公園が大のお気に入りで2年前から四季折々の美しい姿を動画で残してきた。

ムーミン谷をテーマに自然をそのまま残しつつ、常にきちんと手入れが施され、ムーミン谷のイメージを今日まで残し続けている貴重な公園。何度来ても穏やかな気持ちにさせてくれる。

雪景色以外の動画撮影はほぼ終えて一旦小休止。いずれ四季折々を描いた動画を編集したいと考えている。そして今季から写真の撮影を始めようと思い立った。実は動画を撮影している最中は写真まで残す気は起きなかった。日々、仕事で多くの写真を撮り続け、プライベートとは言え、その延長線上で写真を撮る気になれなかった。

きっかけは今やユーチューバーとして活躍中の写真家の渡部さとる氏の2Bチャンネルでのハッセルブラッドの中判デジタルカメラX1D2と907Xの紹介動画。氏曰く「仕事では使えそうもないが還暦後にじっくり付き合いたいカメラ」としてハッセルブラッドX1D2を選んだ経緯の動画を拝見し、自分のプライベートでのスチルライフにハッセルブラッドが非常に魅力的に見えてきてしまった。

同世代の氏の想いはよく理解できる。自分自身も写真については原点回帰の傾向があって写真を始めたアマチュアの頃の目の前の光景とじっくり対峙する撮影に戻りたい欲求があるようなのだ。ハッセルブラッドでこの公園の四季とゆっくり向き合いながら写真を残したい。そう思うようになった。

仕事以外では全く使わなかった三脚を据え、じっくり時間をかけて構図を決める。絞りを深く絞り込み、スローシャッターで光をたっぷり取り込んで写し撮るワンカットは仕事では味わえない感覚。まさしくこの感覚を求めていた。自分にとって写真はこういう付き合い方だったことを思い出した。

HASSELBLAD 907X 50C / XCD 3.5-4.5/35-75

日本のマンハッタン?

仕事やプライベートで首都高のレインボーブリッジを通過する時、いつも見惚れてしまう光景がある。汐留からお台場へ向かう下り線の左側、晴海ふ頭や豊洲方面の高層マンション群、その先に東京スカイツリーが見渡せる。まるでマンハッタン?とは言い過ぎか?空気が透き通った冬の午後や夕暮れ時の美しさなどは運転中でも見とれてしまい、撮りたい!と叫んでしまう。常に車で通る為に一瞬で通り過ぎてしまう光景をいつか撮りたいと思っていた。

その首都高の下の一般道の両脇に遊歩道があることは以前から知っていて一度は訪れて撮影したいと考えていた。だが少々問題があった。まず超望遠レンズ、そして遊歩道の海側、船の航路上に設置された金網フェンスの存在。望遠レンズは200mmまでは所有しているがそれ以上の焦点域は仕事では全く無用の為に縁がなかった。また金網フェンスは開放の明るいレンズでなければ写り込んでしまう。そんなことがあってなんとなく足を運べなかった。

LEICA Q-P

ところがその問題が一度に解決した。先日、若かりし頃のヒコーキカメラマンを再びやってみたいという思いで購入した「RF100-500mm F4.5-7.1 L IS USM」で羽田空港の旅客機を撮影した折、第二ターミナルのワイヤー状のフェンス越しに500mm開放で撮り、フェンスが全く写っていなかったことに驚いた。仕事では超望遠はほとんど使用してこなかったので恥ずかしながら素人丸出しの感だが遅ればせながら気が付いた。

春が訪れる直前の寒さが残る昨日、空気が濁る前の最後のチャンスと思い、遊歩道へ向かった。今回はR6ではなくR5!4500万画素と300mmから500mmで切り撮る光景は超望遠レンズの圧縮効果と相まって都市景観の人々の営みを凝縮したかのような光景となった。普段、全てを写し込む超広角の非日常感を生業としている身としては真逆の凝縮された非日常感は新鮮だった。

EOS R5 / RF100-500mm F4.5-7.1 L IS USM

写真と映像

映像にあって写真には無い手法に編集がある。カットを繋いでひとつのストーリーを作る。写真にも何らかの流れで撮影者のメッセージを伝えるという意味で組写真があるが映像のストーリー立てとは異なるものだ。さらに映像で決定的に違うのが時間軸をコントロールして全く違う印象を与えられるということだ。

同じ光景を撮ってもその撮り方とその後の編集で百人百様の表現が存在する。伝えるという意味での映像は写真とは全く違ったプロセスで奥が深い。対して写真はたった一枚の作品でも人の心や世界まで変えるほどの影響力を秘めている。それはそれで凄いことだ。

メッセージを伝えるという意味では見る側にとって映像は受動的で写真は能動的だ。映像は視覚と聴覚を通して人の心にストレートに入り、その時間を共有させられる。写真は視覚を通して一旦脳内に入り、自分なりのトランスレートをして心に落ちてくる。メッセージ性において映像は伝える側のウエイトが高いが写真は見る側のウェイトが高い。

デジタル技術の進化でどちらか一方ではなく、両方にチャレンジすることが可能になった今、伝えるメディアとしての写真と映像の違いを改めて感じる。写真は撮った瞬間に依存する為にビギナーズラック的なことも起こりうるが映像は撮った後からのさじ加減次第で如何様にもなって撮影者側の器と技量がストレートに出る。

機材や技術の進化で誰でも映像作品が残せる時代になって逆に撮る側の才能の無さが浮き彫りになる。それでも映像は楽しい。日々落ち込みながらもその刺激が心地よい。