井上尚弥のボクシングは常に観る者の期待を遥かに超えたパフォーマンスを見せて来た。昨夜のさいたまスーパーアリーナでのWBSSバンタム級決勝、井上尚弥 vs ノニト・ドネア。ボクシングとしては記憶にない22,000人の超満員!2階席まで埋まったさいたまスーパーアリーナ(通称たまアリ)は今回も井上尚弥が何かをやってくれそう。そんな期待で異常な空気感に満ちていた。
前座試合が行われる中、観客はみな世紀の一戦のゴングが鳴る瞬間を今か今かと固唾を飲んで待っていた。たまアリに集まった全ての観客は序盤での井上のKO勝ち、あるいは長引いても5~6Rくらいにはドネアを仕留めるだろうと思っていた。ただ、井上もドネアもお互い稀有の才能を持ったボクサー同士でとてつもないハードパンチャー、どちらにしても瞬時に決着がつくことも予想される。その緊張感が異様な雰囲気になっていた。
そんな緊張感の中、ゴングが鳴った。ボクシングとは何が起こるか分からないものだ。モンスターと呼ばれて圧倒的な勝利を誰もが予想していた井上に序盤で右目の上を切るというアクシデントが起こった。ドネアの見事なパンチに依るもので、たまアリは一瞬凍り付いた。その後、試合は予想を覆して一進一退、どちらに転んでもおかしくない内容で進んだ。終盤11Rに井上が見事にダウンを奪ってやや有利と思えるまま12R判定となった。
結果は井上3-0の勝利だった。12R終了のゴングが鳴った瞬間、リスペクトし合っている両者が笑顔で抱擁する姿には心が震えた。最高のボクサーのふたりが技術と魂とプライドをかけて12Rをフルに戦った、まさしく36分間のドラマだった。たまアリに集まった誰もが勝者・敗者に関係なく感動し、スタディングオベーションで両者を称えた。ボクシングの試合でこんな光景は今まで見たことがない。
今回も観る者の予想を超えたパフォーマンスを見せた井上尚弥。人間性も含め日本のボクシング史上最高のボクサーアスリートだ。こんな偉大なボクサーを同時代に観られる幸運に感謝しかない。先日のワールドカップラグビーと昨夜のボクシング、どちらも魂をぶつけ合って戦った後はお互いを心の底からリスペクトするという本来アスリートのあるべき姿を体現してくれた。すべてのアスリートはこうあってほしいものだ。
20019年11月7日、たまアリでの世紀の一戦はボクシングファンとして一生語り継げる一夜になった。