別次元の世界

普段はライカを持ち歩いて半径十数メートルの世界の光を感じ取ったり、すくったりという感覚で被写体と会話している。だがこのRX10M4は全く違う感覚だ。肉眼では確認できないファインダーの中での光や色彩を凝縮した世界を体験するという感覚。ライカとは正反対の世界、別次元の世界だ。

昨日もX2とともにこのカメラを持って出かけた。昼間は爽やかな初夏の空気の中の光をX2で感じ、帰宅途中の夕方はたまたま美しい夕暮れの時間帯に遭遇し、このカメラで肉眼を超えた世界を体験した。普通はライカと同時使用して両立するとは考えにくいと思われるが、全く別の視覚世界ゆえに切り替えられる。

特筆すべきは撮影した被写体のイメージと撮影時のモニタ画像、そしてPCで開いた画像に違いが感じられないこと。最近のデジタルカメラの進化ぶりには驚く。

 RX10M4

RX10M4

ライカでは撮らない世界

先日の相方殿の太鼓撮影でXA20が故障して思うように撮れなかったことは書いた。相方殿には悪いがもし仕事だったら取り返しがつかないところだった。修理も考えたがすでに5年前のビデオカメラで液晶モニタは屋外ではほとんど見えず、今時4Kも無く、今後のことを考えたらもう潮時かと。仕事でも長回しはほとんど無くなった状況で果たして専用ビデオは必要なのか?動画についてはiPhoneでも仕事が出来てしまう昨今、今の自分にはもう専用ビデオは要らないなあ。の結論。

以前、SONYのRX10M3というコンパクトデジカメを使っていたことがあった。大きさはコンパクトではないがいわゆるレンズ一体型のネオ一眼と呼ばれる不人気なカメラだ。ただ、突き抜けた特徴のカメラでレンズはツァイスのVario-Sonnar 24-600mm f2.4-4.0という明るい超高倍率ズームと4Kやハイフレームレートのスーパースロー動画が手軽に撮れたり、それが必要な人には唯一無二のカメラだった。1インチというセンサーはスチールはともかく動画は仕事でも十分使えるレベルなことは分かっていた。やはりこれかな?と。

このシリーズ、すでにRX10M3の後継機としてM4が出ていた。しかもAFが今仕事で使っているα7RM3と同等レベルの性能に進化していてショップで体験してその凄さに驚いた。α7RM3はスチールはもちろん動画用のメイン機でもある。そのサブとしても十分だ。仕事でのXA20の後継として、プライベートではRX10M3で体験した600mm f4.0というライカでは撮らない肉眼を超えた世界を再び残してみたい為。という大義名分?もある。(笑)

今日の写真は以前RX10M3で撮ったライカでは撮らない世界・・・川越近辺は鉄塔の街でもある。

 RX10M3

RX10M3

ヘクトールに迷わされる

Hektor 73mm f1.9。
この時期になるとなぜかこの玉に惑わされる。夏の光が強くなる前、空気が少しだけ乾燥しているこの時期ならではの玉と言えようか。今から80年以上前に生まれたライカの迷玉?激しく個体差があって果たして自分の玉がアタリ玉のか?大ハズレの玉なのか?外見と試写からでは玄人でも判別できないときがあるという泣かせ玉。

つい先日、手持ちのヘクトールを銀座の匠にオーバーホールを依頼していたが解像力もピント精度も大ハズレ玉ということが判明、相当色々な手が入れられていて手を付けられないとのこと。なんともはや悔しいやら恥ずかしいやら、いくつになってもライカには授業料を払い続けなけりゃいかんのか?と自己嫌悪状態。

すぐに売り払うことも考えたがそこは少し冷静になってこのまま持ち続けることに。実はこの玉、外観はかなり美しい上にシリアルナンバーだけ見ると相当なレア玉。なんと言っても最初期ロット94,500番台のうちの一本。しかもフードも前後キャップも付属していてそれが大変美しいシロモノ。手放すには忍びない。

まあ、もともとボケ玉、滲み玉と言われる玉、少々のことは気にせず、開き直って改めて撮ってみるとそれほど悪くはない。そこはかとない柔らかさは現代のデジタル対応レンズでは味わえない。女性など撮ったらおそらく喜ばれることは確実。やはり腐ってもライカレンズには人を惑わす魔力がある。この歳で改めて勉強させられた次第。

 LEICA M9-P / Hektor 73mm f1.9

LEICA M9-P / Hektor 73mm f1.9