感じること

一昨日の新千歳空港でのアマチュアカメラマンたちを見ていて同じ光の中で同じ飛行機を同じようなレンズで同じ姿勢で撮っているのを拝見して、おそらく似たような写真を量産しているのではないのか?余計なお世話だがそんなことを感じてしまった。

昨今、特にカメラマンのマナーが取り沙汰されているがこれもステレオタイプの写真を撮りたいが為に思える。SNSが盛んになり、世界各地の美しい写真がいつでも見られる時代。その地で同じように美しい写真を撮りたいと思うのは人情だが、全く同じ構図の写真を撮ることに意味はあるのだろうか?多くのカメラマンが疑問を持たずに日々同じような美しい写真を求めて不本意ながらマナー違反を犯してしまっている。そんな風にも感じる。

今の自宅周辺には自然が溢れ、四季折々の光景に出会える。お天道様のご機嫌次第で様々なシーンが眼前に広がる。ひとときとして同じシーンは無い。翻って自然が少ない都会にも都会ならではの光と影が作るドラマティックなシーンが垣間見られる。下町には旧い家屋が作る懐かしい空気感とそこに暮らす人々の表情が垣間見られる。写真はどこに居ても自分の感性次第で見えてくるもの。それを感じるか感じないかだと思う。身近のところでもよく見れば魅力的な被写体が溢れている。

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