体のサイン

昨日、母親の四十九日を終えた。身内だけで良き時間を持てた。母親が亡くなった後の軽い体調不良は相変わらず続いている。何年か前に経験した自律神経失調症にも似ている。考えてみればここまで長く生きてくればどこかがおかしくなっても不思議なことではない。機械でも長く使用されればどこかが壊れるのは至極当たり前のこと。生身の人間ならばなおさらだ。

以前ならばなぜこんな風に体調が悪いのか?と色々な診療科にかかって調べ、そのせいでメンタル的にも悪くなるということもあったが最近では不調は体のどこかがサインを出してくれていて日々気をつけなさい、大切にしなさい。と、示唆してくれていると考えるようになった。本当に深刻な状態ならばさすがにそういうサインも出るはずで今の不調は体からの良いサインかもしれない。

改めて思うのはやはり人間は食事と睡眠と適度な運動。これに尽きると思う。自分は相方殿のお陰で食事に関してはかなりマシな方だが睡眠と運動は意思が弱く自分でも情けなくなる。現代は自分も含めてこの一番基本的で簡単なことが守れていない人間がほとんどかもしれない。自分の体は自分にしかケアできないものだが分かっていてもなかなか間々ならない。

LEICA Q

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カオスの渋谷へ

昨日は、写真展開催中の友人たちへ会いに渋谷ルデコへ。JLC=ジャパンライカクラブの10回目の写真展だがR-D1の頃からの知り合いも多く、もう10年以上のお付き合いになる。以前はよく会って飲んで喋ってライカのエンスーなことを熱く語り合っていたが最近では写真展が年一回のご挨拶になってしまった。

10年とひとことで言うのは簡単だがひとつのことをグループで続けてきたことは尊敬に値する。最初期の頃はここまで続くとは想像していなかったがここ数年はクオリティも大変高く、立派な写真展になったことは素晴らしい。と同時に写真を楽しみで続けている友人たちが羨ましいとも思う。

ルデコ自体は以前のビルの趣を残しつつ、新しいビルに改装になったがギャラリーとしてこうした施設が渋谷に存在することはとても好ましいことだ。今、渋谷駅周辺はカオスの最中で人の流れも複雑だ。それに加えてパルコや西武の近辺の衰退度は以前の渋谷を知っている年代としては寂しい限りだ。ここもいずれ大きく様相を変えて旧い渋谷の姿は過去のものになるのだろう。

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遺影写真

母親が亡くなり、家族だけのごくごく内輪の葬儀が終わった後、撮影仕事が続き、今まで10年以上風邪も引かなかった私が仕事が落ち着いた直後から大風邪を引いて体調を崩してしまった。やはり親の死とは心身ともに影響は大きいものだ。まだ、体調の方は全快とはいかないが徐々に快方へ向かっている。

普段からライカを持ち歩き、母親の施設に行くときも必ずライカで母親を撮っていた。数年分の母親の写真がある。その中から母親らしい一枚を選び、葬儀の遺影写真として使った。同じものをLサイズに出力し、木製の写真立てに納めて妹と姪っ子たちにプレゼントした。

亡くなる2年前に撮ったいつもの穏やかな母親で、頬杖をついてリラックスした自然体の表情。今にも話しかけてくるようで自分でもお気に入りのカットだ。プレゼントした妹や姪っ子たちにも思いの他喜んでもらい、妹などは毎朝写真の母親に話しかけて返事が返ってくるようで本当にありがたいと言ってくれた。

自宅でも葬儀で使用した四つ切サイズの写真をリビングのテーブルの上に置いてある。今でもそこに居るような感覚でやはり相方ともどもついつい話しかけてしまう。その人の人柄を写した最高のポートレイト写真を遺影として残しておくことは大切な事だ。亡くなった後でも生きているようで悲しさよりも感謝の気持ちが湧き上がってくる。

常にライカを持ち歩いて自然体の母親を残しておいて良かったと思う。

LEICA M9-P / SUMMILUX-M 35mm f1.4 (遺影)

LEICA M9-P / SUMMILUX-M 35mm f1.4 (遺影)

母の平穏死

先週の21日、6年間入所していた特養ホームで96歳の母親が穏やかに旅立った。老衰だった。先々週の9日に体調が崩れ、その日から食事が取れなくなり、その翌週には水分も取れなくなった。少しづつ旅立ちの準備をし、最後は妹と孫に看取られて静かに息を引き取った。

脳内出血で倒れて30年、半身不随になり、長い間不自由な体でも愚痴ひとつこぼさなかった立派な母親だった。自分がフリーランスになったのは母親の介護の為に会社員を辞めなければならなかったことがきっかけだったが結果的にはカメラマンという天職を与えてくれたことに感謝しかない。

この2週間、私も相方殿も、妹夫婦も、その娘たち夫婦も、そしてひ孫たちも入れ替わり立ち替わり母を訪れていつものように賑やかにコミュニケーションをして十分過ぎるほどのお別れの時間を持つことが出来た。初めての体験だったが穏やかに死を迎える母親をしっかりと見届けるととができて幸せだった。

特養ホームに入所する折、90歳を迎えていた母親に苦しいことや痛いことはもうさせたくなかったのでもし何かあっても延命措置は取らないと伝えていたのでホームの対応も素晴らしいものだった。6年間お世話になって家族よりも親しくなったスタッフや看護士の方々にもたくさん優しく接して頂いた。

母親が旅立ち、ホームを出る朝、多くのスタッフが玄関に整列して見送って頂いた姿には感極まってしまって言葉が出なかった。もしも病院などだったらこうはいかなかった。特養ホーム三井陽光苑で最後が迎えられた母親も私たち家族も最高の時間が持てた。本当に感謝しかない。人が最後を迎える姿はこの平穏死こそ理想ではないかと強く感じた。苦労ばかりの母親だったが見事な旅立ちだった。